右から三番目の扉
四年生の秋、北校舎の三階にある女子トイレは、ほとんど誰も使っていなかった。その階には音楽室と、物置になった空き教室しかなく、休み時間にそこまで上がってくる子はいない。窓が北向きで、昼でも少し暗かった。
その女子トイレの、右から三番目の個室に花子さんがいる。私のクラスでは、そういうことになっていた。
扉を叩いて「花子さん、遊びましょ」と呼ぶ。返事があったら、三秒のうちにトイレの外へ逃げないといけない。逃げ遅れたら殺される。返事のかわりに「何して遊ぶ?」と聞かれることもあって、答えを間違えると、やっぱり危ない。
正しい答えが何なのかは、誰も知らなかった。知らないから、聞かれたら答えずに逃げるしかない。同じ班のまみちゃんは「三秒あれば、入口までは行けるよ」と、自分の席から教室の戸までを走って見せた。三秒で、ちょうど戸に手が届いた。
昼休み
十月のある昼休み、まみちゃんと、もう一人の友達と三人で、北校舎の三階へ上がった。誰が呼ぶかはじゃんけんで決めて、私が負けた。
女子トイレの中はひんやりしていて、消毒液の匂いがした。個室は四つ並んでいて、右から三番目だけ、扉が半分開いていた。中は空で、和式の便器と、壁の小さな棚が見えた。
私は開いた扉を軽く叩いて、言われたとおりに呼んだ。
「花子さん、遊びましょ」
何も返ってこなかった。三人で声を合わせて三つ数え、それから笑いながら廊下へ走り出た。怖がるふりをして走るところまでが、その遊びだった。
階段の手前で、私は一度だけ振り返った。入口から、個室の並びが斜めに見えた。
右から三番目の扉が、閉まっていた。
入ったときは半分開いていた。私たちは誰も扉に触っていない。廊下の窓が開いていたから、風で動いたのだろうと思った。二人には言わなかった。言えば、もう一度見に戻ろうと言われる気がしたからだ。
放課後の掃除
その週、私の班の掃除の場所は、北校舎三階の女子トイレだった。
放課後、一緒の当番だった子が熱を出して早退し、まみちゃんはピアノの日で先に帰った。先生には「一人でできるところまででいい」と言われた。三階まで上がると、廊下にはもう誰もいなかった。音楽室の戸にも鍵が掛かっていた。
床掃除は、奥の窓の下から入口へ向かってモップを押していく決まりだった。そうしないと、濡れた床を自分で踏んで出ることになる。私は窓の下にバケツの水をまき、端から少しずつ押していった。窓の外は夕方の色になりかけていて、蛍光灯が一本、少し遅れて点いた。
右から三番目の個室の前まで来て、手が止まった。
扉が閉まっていた。鍵のところの小さな窓が、赤くなっていた。使用中のしるしだった。
この鍵は、内側からしか掛けられない。だから、中に誰かがいることになる。けれど、この階には私しかいないはずだった。
何して遊ぶ?
中から、扉を叩く小さな音がした。
それから、女の子の声がした。
「何して遊ぶ?」
私と同じくらいの年の、明るい声だった。休み時間に誰かが友達を誘うときの、あの調子のままだった。
最初に思ったのは、まみちゃんだ、ということだった。ピアノの日だと言ったのはうそで、昼の続きで私を驚かそうとしているのだと考えた。そう考えると、少しだけ息ができた。
「まみちゃんでしょ」
声は答えなかった。少しして、同じ調子でもう一度聞いてきた。
「何して遊ぶ?」
答えを間違えると危ない、という話を思い出した。だから私は、何も答えなかった。
かわりに、モップを握ったまましゃがんで、扉の下の隙間をのぞいた。まみちゃんなら、上履きが見えるはずだった。
上履きはなかった。
隙間の向こうの床に、長くて低いものが、腹をつけるようにして伸びていた。濡れたタイルと同じ灰色に見えたが、表面がざらついていて、蛍光灯の光を細かく返していた。それが、ゆっくり左右に揺れた。人の足の動き方ではなかった。トカゲが向きを変えるときの動きに、似ているように見えた。
濡れた床をこするような音が、隙間から聞こえた。さっきの女の子の声は、あの低いところから出ていたのだと思った。
三秒
扉の内側で、金具の鳴る音がした。
赤かった小さな窓が、白いほうへ回りはじめていた。鍵が、中から開けられようとしていた。
昼に呼んだことへの返事が、いま来たのだと思った。返事があったら、三秒のうちに外へ出る。それしか、私は教わっていなかった。
モップを放して立ち上がった。私と入口のあいだの床は、まだモップを掛けていないところで、乾いていた。まみちゃんが教室で走って見せた距離と、ほとんど同じだった。
一つ。入口に向かって走った。
二つ。入口の枠に手が掛かった。背中のほうで、扉が開く音がした。
三つ。私は廊下に出ていた。
足を止めなかった。トイレの中から、濡れた床の上を重いものが引きずられるような音がした。それが入口のほうへ近づいてくるのか、確かめるために振り返ることはしなかった。振り返れば足が遅れる。昼休みの、あの斜めに見えた扉を思い出していた。
長い廊下を走り切って、階段に飛びついた。手すりをつかんで二階へ下りるあいだも、後ろから音はしなかった。床をこする音は、廊下に出てからは一度も聞こえなかった。
開いていた扉
階段を二階まで駆け下りて、職員室に飛び込んだ。泣きながら話すと、担任の先生は困った顔をしたが、懐中電灯を持って一緒に三階へ上がってくれた。
女子トイレの奥の床は、私がまいた水でまだ濡れていた。モップは、私が放した場所に倒れていた。
右から三番目の扉は、開いていた。
中には誰もいなかった。鍵の窓は白く、便器のまわりも棚の上も、昼に見たときと同じだった。先生は四つの個室を全部開けて見せてくれた。どこにも誰もいなかった。濡れた床の上にも、先生と私の上履きのほかに、はっきりした跡は見つからなかった。
先生は、誰かのいたずらだったのかもしれないね、と言った。そして、残りの掃除はしなくていいから、もう帰りなさいと言った。
次の日、まみちゃんに聞くと、昨日はまっすぐピアノに行った、学校には戻っていない、と言った。まみちゃんは私の話を最初は笑って聞き、三つ数えて廊下に出たところで、笑うのをやめた。
その日から、私たちの誰も、花子さんを呼びに行かなかった。翌週、掃除の場所は別の班と替わった。私はそのあと何事もなく卒業して、大人になった。
いまも
あの声が本当に花子さんだったのかは、分からない。扉の下に見えたものが何だったのかも、昼に呼んだ声への返事が、どうして私一人になった放課後に来たのかも、分からないままだ。
はっきりしているのは、あのとき鍵が中から開けられようとしていたこと。私が答えないまま三つ数え、乾いた床を走って外へ出たこと。そして、扉が開いたあとの三秒のあいだ、私が一度も振り返らなかったことだ。
あれは二度、私に「何して遊ぶ?」と聞いた。私は一度も答えていない。正しい答えが何だったのかは、いまも知らない。
いまでも、公園のそばを通って、子どもが「何して遊ぶ?」と誰かを誘う声が聞こえると、私は一瞬だけ足を止める。そしてそれが、ちゃんと子どもの背の高さから聞こえてくるのを確かめてから、また歩き出す。
記録に残る花子さんと、この物語
この物語で奇妙なのは、昼に呼んだときには何も起きず、返事は放課後、語り手が一人になったときに届いたことだ。しかも聞こえたのは同じ年ごろの女の子の明るい声なのに、扉の下に見えたのは人の足ではなかった。
資料に残っている語り
1990年に刊行された相模民俗学会の報告には、横浜市のある小学校の話として、女子トイレにハナコさん、男子トイレにヨースケさんという幽霊が出て、呼びかけて3秒以内に逃げないと殺される、という語りが記録されている。物語で語り手が三つ数えて外へ走った場面は、この決まりと重なる。
同じ年の『西郊民俗』の記事には、山形県の話として、花子さんはトカゲのような姿をしていて、女の子の声を出して相手を安心させてから急に出てくる、という語りがある。明るい声を友達だと思ってのぞいた隙間の向こうに、トカゲに似た低いものがいた場面は、この語りと重なる。
一方、右から三番目の個室と、何をして遊ぶかと聞かれる場面は、これらの民俗学の記録ではなく、子ども向けの怪談ブログに載った創作の話に見られる。この物語は、横浜と山形の記録と、出どころの違う創作の話を、一つの学校の出来事として組み合わせた再構成である。放課後の掃除や、内側から掛かった鍵は、物語のために足した場面で、資料に記録されているものではない。
いつごろから語られていたのか
花子さんの話が最初にいつ、どこで語られ始めたのかは、今回の資料だけでは分からない。言えるのは、1990年に刊行された報告の時点で、横浜と山形という離れた土地の話として、学校のトイレの花子さんがすでに記録されていたことまでだ。1990年は報告が出た年であって、話が生まれた年ではない。
その後も記録は続く。2001年の論文には神戸市の高校生の話が残っていて、小学校の外でも語られていたことがうかがえる。2020年の『口承文藝研究』には、学校の怪談に出てくるトイレの怪異を、昭和から平成を中心に論じた論文が載っている。
声と姿が合わないこと
資料を並べると、花子さんの姿は話によって大きく違う。少女の幽霊として語られる話もあれば、トカゲのような生き物として語られる話もある。
一つの読み方としては、名前と声は親しみやすい女の子なのに、その正体が見えないという食い違いが、怖さの元になっているとも考えられる。もう一つ、逃げる時間が3秒と短く決まっていることで、聞いた子どもが自分の足で入口までの距離を思い浮かべやすくなる、という読み方もできる。
物語の語り手も、明るい声を聞いて、最初は友達のいたずらだと思った。だから扉の下をのぞいた。声は女の子のものなのに、そこにいたのは少女の足ではなかった。この物語の花子さんの怖さは、その声と姿の食い違いにある。
