閉じるたびに、問いかけが一語ずつ進んだ
その窓は、インターネットを見ているときに勝手に開くのだという。広告のような小さな窓で、真っ赤な地に、黒い字で「あなたは」とだけ書いてある。その窓を消した人は殺される。消すと同じ窓がまた開き、開くたびに字が少しずつ続いていく。最後まで続いて「あなたは赤い部屋が好きですか」になったら、もう助からない。
中学二年の秋の昼休みに、私は友だちからそう聞いた。赤い部屋という噂だった。笑って聞き流したつもりだったのに、午後の授業のあいだ、黒板の端に貼られた赤い掲示物から目をそらしていた。
そのころ、うちのパソコンは居間の隅に置かれていた。家族で一台きりで、電話の線をつないでインターネットへ入る。つないでいるあいだは家の電話が使えなくなるので、私が使えるのは、両親が二階で寝たあとの夜だけだった。
古い機械で、よく固まった。画面が動かなくなると、父は机の下へもぐり、電源タップのスイッチをぱちんと切った。何も閉じずに、機械ごと止めてしまうのだ。母はそのたびに、壊れるからやめてと言い、父は、これがいちばん早いんだと笑っていた。
その晩、私は夕飯のあとで、小学四年の弟にこの話をした。弟は怖い話が苦手で、聞くとすぐ耳をふさぐ。それが面白くて、私は何度も怖い話を聞かせていた。
「もし出たら、どうするの」
弟が聞いた。
「消すよ。三回でも十回でも」
私はそう答えて、弟の頭を軽くたたいた。弟は、絶対にパソコンに近寄らない、と言って先に二階へ上がっていった。
十二時を過ぎ、家の中が静かになってから、私は居間へ下りた。ストーブの消えた居間は冷えていて、モニターの明かりだけが机のまわりを白く照らしていた。音が二階へ漏れないように、スピーカーの音量はいちばん小さくしてあった。
好きなバンドのファンサイトを読んでいたとき、画面の真ん中に小さな窓が開いた。赤い地に、黒い字で「あなたは」。
昼に聞いたとおりの見た目だった。私はまず、誰かが噂をまねて作った広告だと思った。あのころは勝手に開く広告の窓がいくらでもあったし、それを止める仕組みもまだ無かった。噂になれば、まねをする人も出てくる。だから私は、いつもの広告と同じように、窓の右上の×を押した。窓は消えた。
一秒もしないうちに、同じ場所に同じ赤い窓が開いた。字が増えていた。
「あなたは 赤い」
スピーカーから、ざらついた声がした。抑揚の無い、機械が文字を読み上げるような声で、「あなたは……赤い……」とだけ言って途切れた。音量はいちばん小さくしてあるのに、その声は耳のすぐそばで言われたようにはっきり聞こえた。
私はマウスから手を離した。消すたびに字が進む。噂のとおりなら、あと一度か二度消せば、問いかけは終わってしまう。
けれど、窓をそのままにしておくこともできなかった。朝になれば、母がこの画面を見る。弟が先に下りてくるかもしれない。私は、赤い窓には触らずに、後ろのファンサイトの画面ごと閉じればいいと考えた。押すのが小さな窓の×ではなく、大きな画面の×なら、窓を消したことにはならないはずだった。
大きな画面が閉じ、机の上には見慣れた壁紙だけが残った。赤い窓も一緒に消えていた。私は息を吐いた。
その壁紙の真ん中に、赤い窓が開いた。
「あなたは 赤い 部屋が」
声が、その字を一語ずつ読み、「部屋が」のところで止まった。
これで分かった。小さな窓の×でも、後ろの画面でも、閉じれば同じことになる。残っているのは「好きですか」だけで、あと一度閉じれば、問いかけは最後まで終わる。
私は椅子の背にもたれ、両手を膝の上に置いた。触らなければ、字は進まない。それなら朝まで、このまま見張っていればいい。そう決めて、赤い窓を見つめ続けた。時計を見る余裕は無かった。
階段がきしんで、私は振り向いた。廊下の暗がりに、パジャマの弟が立っていた。トイレに起きたら居間の明かりが見えたのだと言い、目をこすりながら机のほうへ歩いてきた。眠そうな目が画面の赤い色をとらえて、止まった。夕飯のときに私がした話を、弟が思い出したのが分かった。
「それ、あれ?」
弟の声が裏返った。
「消して。お姉ちゃん、消すって言ったじゃん」
私が首を振るより早く、弟は私の肩ごしに手を伸ばし、マウスをつかもうとした。私はその手首をつかんで止めた。弟にとっては、窓が消えればそれで終わる話だった。けれど私が聞かせた噂では、次に消したときに問いかけが終わる。
画面の中から、また声がした。「あなたは……赤い……部屋が……」。続きを待つように、声はそこで止まった。
父のやり方を思い出したのは、そのときだった。画面が固まったとき、父は何も閉じずに、机の下のスイッチを切っていた。窓を閉じるのではなく、機械ごと止める。それなら、問いかけの続きは出てこないかもしれない。確かな理由は無かったが、×を押すよりはましだと思った。
私は弟の手首を放さないまま、机の下へ体を入れた。暗がりの奥で、電源タップの小さなランプが光っていた。左手でスイッチを探り、親指で押し下げた。
ぱちん、と小さな音がして、パソコンの低いうなりが止まった。
机の下から顔を上げると、モニターはまだ光っていた。あのころの厚みのあるモニターは、電源を切っても、すぐには暗くならない。赤い窓の色が、画面ごとゆっくり薄れていくところだった。その薄れていく赤の中に、黒い字が見えた。
「あなたは 赤い 部屋が 好き」
さっきまでは無かった「好き」が、そこにあった。その先まで字が出ていたのかを見きわめる前に、光は画面の真ん中へしぼんで消えた。
居間は真っ暗になった。弟の手首が、私の指の中で震えていた。
背中のすぐ後ろに、誰かが立っている気がした。弟は私の前にいる。両親は二階で寝ている。それなのに、私と壁のあいだのわずかな隙間で、人ひとり分の重さだけ空気が沈んでいるように感じた。振り向けば、そこにいる何かと目が合う。そう思うと、首が動かなかった。
私は振り向かずに弟を抱き寄せ、もう片方の手で壁を伝って、廊下の明かりのスイッチを押した。
明かりの下の居間には、誰もいなかった。机の上の黒い画面に、私と弟の顔が小さく映っているだけだった。背中の後ろの重さは、明かりがついたときにはもう感じなかった。
その夜、弟は私の部屋で眠った。私は朝まで眠れなかった。
翌朝、父がパソコンをつけた。いつもの起動の音がして、いつもの壁紙が出た。赤い窓は開かなかった。夜中にスイッチを切ったことは母にすぐ知られて、私は叱られた。弟は横で黙っていた。
それからも、夜にパソコンを使うたびに身構えたが、赤い窓が開くことは二度と無かった。私も弟も、何事もなく大人になった。あれが噂をまねた広告だったのか、噂に語られていたものそのものだったのかは、いまも分からない。消えかけた画面に最後の字まで出ていたのかも、確かめようがなかった。
私はあの夜から、弟に怖い話を聞かせていない。勝手に開いた窓の×も、すぐには押さなくなった。仕事のパソコンでも、見覚えのない窓が開くと、窓には触らずに電源から落としてしまう。それで同僚に笑われたこともある。
去年の正月、実家で弟と二人になったとき、弟は居間の隅の、いまは観葉植物が置かれている場所を見て言った。
「あのとき、お姉ちゃんが消さなくてよかった」
私は、うん、とだけ答えた。
作品の筋だった噂が、噂として語られるまで
この物語で奇妙なのは、逃げるための操作が、そのまま怪異を進めてしまうことである。小さな窓の×を押しても、後ろの画面ごと閉じても、問いかけは一語ずつ先へ進んだ。窓が何を尋ねようとしているのかは、途中から読者にも見当がつく。それでも、最後の言葉が出るまでは終わらない。
資料には、この形がはっきり残っている。ゲーム紹介記事によれば、「赤い部屋」はポップアップ広告を題材にしたFLASH作品で、広告を消すと殺されるという噂を友人から聞いた主人公が、自宅のパソコンでその広告に出会う筋だという。広告は機械のような合成音声で問いかけ、消したはずの広告が何度も現れ、そのたびに少しずつ変わっていくとされる。物語の昼休みの噂と、消すたびに字と声が増える場面は、ここと重なる。電源を切る場面や姉弟の事情は、記録には無い。
紹介記事は、主要なブラウザに勝手に開く窓を止める機能がまだ無かった頃ならではの恐怖を描いた作品と評している。登場は1990年代終盤〜2000年代序盤とされるが、初出の年月と作者は確認できなかった。
この噂は、2通りに読める。
1つ目は、作品の中の噂が、作品の外でも噂になったという読み方である。日本語の紹介では、赤い部屋は1本の作品として扱われ、怪談まとめもほかの怖いサイトと並べて名作フラッシュとして挙げている。ところが英語圏の伝承紹介サイトでは、同じ窓が、閉じても現れて問いが先へ進む伝承として語られる。問いが終わったあとの結末が付き、版によって出る要素と出ない要素がある、とまで書かれている。作品の筋がもともと、友人から噂を聞く場面から始まっていたことを考えると、噂を描いた作品が、それ自体噂として広まったとも読める。ネット上で受け渡される話は、研究の世界でも論じられている。國學院大學の伊藤龍平は、インターネットを介した伝承を電承と呼ぶ術語を設けている。ただし、日本語の作品がどの経路で英語圏の伝承になったのかを示す記録は、今回の資料には無い。英語圏の紹介は GeoCities で公開された Flash が起源だとするが、これも二次資料である。なお英語圏では、ダークウェブの生配信をめぐる別の噂にも同じ名前が使われる。ポップアップの赤い部屋とは別の話である。
2つ目は、問いの中に噂の名前が入っていることが怖さを作っている、という読み方である。窓が尋ねるのは、赤い部屋は好きか、ということである。英語圏の版では、問いが終わると画面が暗くなるか赤くなり、見た者は何かの気配を感じたあと、自分の血で赤く染まった部屋で見つかる、という結末も語られる。問いの中にあった赤い部屋が、最後には見た者のいる場所になる。好きかと聞かれていたものに、自分が入れられてしまうとも読める。ただし、これは英語圏の紹介に在る結末であって、日本語の紹介記事がそこまで書いているわけではない。
この物語は、問いの最後の言葉を聞かせないまま閉じる。資料のほうでは、問いは最後まで示される。物語の窓が好きの字で止まったのか、消えかけた画面にその先まで出ていたのかは、分からないままである。
