風の騒ぐ晩に、戸口へ立った女
その日は、朝から風がおかしかった。
親類の家に人が集まるというので、私は昼過ぎに家を出た。道の両側で木々が同じ方へ倒れかかるように揺れ、畑の土が細かく舞い上がって目に入った。向かい風に押し戻されながら歩くうちに、自分の足音がまるで聞こえないことに気がついた。耳に届くのは、唸るような風の音ばかりだった。
途中で一度、足が止まった。風の音の中に、人の声に似た響きが混じった気がしたのだ。呼ばれたように思えたが、何と言ったのかは聞き取れなかった。振り返っても、道には誰もいなかった。風が何かの隙間を抜ける音だったのだろう。そう自分に言い聞かせて、また歩き出した。
親類の家に着いたのは、日が傾きかけたころだった。囲炉裏のまわりには、顔なじみの者たちがもう集まっていた。板戸はひっきりなしに鳴り、軒のどこかがずっと軋んでいた。煙は行き場を失って天井のあたりで渦を巻き、ほどけてはまた落ちてきた。こんなに風の強い日は覚えがない、と年寄りの一人が言った。
私は隅に座って手を温めながら、裏の梨の木のことを考えていた。
この家に来ると、いつもその木が目に入る。そして、そのたびに一人の娘のことを思い出す。
娘がいなくなったのは、私がまだ幼いころだ。梨の木の下に、脱いだ草履だけが残されていて、娘の姿はどこにもなかった。私が知っているのは、大人たちの低い話し声と、その草履の話だけである。梨の木だけが、変わらずそこに立っていた。
あれから三十年余りが過ぎていた。
夜が更けても、風はやまなかった。むしろ強くなり、家の骨組みそのものが揺すられているように感じられた。話し声は途切れがちになり、やがて皆、黙って火を見つめるようになった。何を言っても、この風にかき消されてしまいそうだった。
最初に妙だと思ったのは、裏手の音だった。
風の音の奥で、葉の擦れる音が、ひとところからだけ聞こえる気がした。梨の木のあるあたりだろうか。あれだけの風なら、どの木も同じように鳴っているはずなのに。気のせいだと思い、私は火に薪を足した。
しばらくして、また何か聞こえた気がした。葉の音なのか、別の音なのか、私には区別がつかなかった。隣の者の顔をうかがうと、その人も裏手のほうへ耳を向けているように見えた。目が合うと、互いに何も言わずに視線をそらした。
それが何の音だったのかは、確かめられなかった。風の音と混じり合って、どこから聞こえているのかも、じきに分からなくなった。
戸が鳴ったのは、そのすぐあとだった。
風が戸にぶつかる音と、どこが違うのかは言えない。ただ、誰かが外に立っている。そう思えてしかたのない鳴り方に聞こえた。家の者たちが顔を見合わせた。こんな晩に、こんな風の中を訪ねてくる者などいるはずがない。
誰も立たなかった。戸は、まだ鳴っているように聞こえた。
私が土間に降りた。自分で降りたのか、誰かに目で促されたのか、いまでもよく思い出せない。戸に手をかけたとき、指先がひどく冷えているのに気づいた。引き開けるまでのほんの短いあいだに、開けずに済ませる言い訳をいくつも考えた。
戸を引いた。
とたんに風が吹き込み、灯りが大きく揺らいだ。その風の中に、女が一人、背を丸めて立っていた。
ひどく年老いた女だった。頬は落ちくぼみ、白い髪は風に乱れるまま顔にかかっていた。着ているものは、暗がりのせいか、色も分からないように見えた。女は敷居の外に立ったまま、中へ入ろうとはしなかった。家の中のほうへ、顔を向けていた。
誰かが、どちらさんで、と声をかけた。
女はそれには答えなかった。囲炉裏のほうを見ていたが、誰を見ているのかは分からなかった。一度、その目がこちらへ向いたように思えた。そのとき私は、息をするのを忘れていた。
その顔のどこかに、あの娘の面影があるような気もした。けれど、幼いころの記憶と比べられるほど、私は娘の顔を覚えていなかった。誰もそれを口にはしなかった。家の中の空気がすっと冷えたように感じた。火は風に煽られて燃え立っているのに、少しも暖かくなかった。
女がようやく口を開いた。声は、戸口を抜けていく風に紛れそうなほど、小さく掠れていた。
「みんなに、会いたくて。それで、帰ってきた」
聞き取れたのは、それだけだった。
どこにいたのか。これまで何をしていたのか。誰も尋ねなかった。尋ねれば、何かが返ってくる。その答えを聞いてしまうことが、なぜかたまらなく怖かった。私の喉は、声の出し方を忘れたように固まっていた。
女はもう一度、家の奥へ目をやったように見えた。それから背を向け、風の中へ戻っていった。
私ははっとして戸口の外へ出た。だが、そこにはもう誰もいなかった。庭にも、道にも、人の形をしたものは見当たらなかった。風だけが、さっきと同じ強さで吹き荒れていた。
裏手へ回ると、梨の木が闇の中で大きく揺れていた。なぜそうしたのか、自分でも分からない。私はその根元のあたりに目を凝らした。けれど暗くて、そこに何が在るのか、何も無いのか、確かめることはできなかった。
土は風にならされていて、誰かが歩いた跡があったのかどうかも分からなかった。
それからというもの、ひどく風の騒ぐ日になると、今日はあの人が帰ってきそうな日だ、という言い方を耳にするようになった。誰が言い出したのかは知らない。
私はいまも、風の強い晩には、戸口の音に耳を澄ませてしまう。鳴らしているのが風なのか、それとも、あの晩と同じ誰かなのか。
いまだに、聞き分けられたことはない。
風の日に帰る者を、誰が書き留めたのか
国立国会図書館の書誌は、『遠野物語』を「佐々木鏡石 述/柳田国男 著」と記録している。語ったのは佐々木喜善、文字にしたのは柳田國男で、この話ははじめから二人の手を経て残っている。上の一人称は、記録に残る筋をもとに再構成したもので、実際にあった出来事の記録ではない。
では、語り手はどこまで語ったのか。日本伝承大鑑の解説によれば、佐々木自身も昭和5年刊の『民俗文芸特輯』第2号に、細部の異なる同じ筋の話を発表しているという。そちらでは女がその後も毎年訪れ、来るたびに大風になるので、村の求めでまじないをして来ないようにした、とされる。一つのサイトの解説で、確かめられたことではない。ただ、もしそうなら、同じ話が語り手の手元では毎年の訪れとまじないで閉じ、書き手の手元では一度きりの帰還と言い習わしで閉じたことになる。同サイトは「寒戸」という名についても、柳田が変えたとする説を紹介している。
二つの結び方は、村の中でこの話が担う役目の違いとしても読める。まじないの版では、村が求めて訪れを止める。怪異は、共同体が手を打って片づける出来事になる。『遠野物語』の側の要約では、何も手は打たれず、「風の騒がしい日は帰ってきそうな日」という言い習わしだけが残る。こちらでは話が閉じられず、風の日ごとに人の口にのぼる。個人ブログ『縁茶亭茶話』の筆者は、神隠しを、見つからなかった子を諦めるための一つの形として読んでいる。その読みに立てば、帰ってきて、また去ったと語ることは、戻らない者に区切りをつけながら、忘れきらずにおくための村の手立てだったとも考えられる。
風との結びつきは、どちらの版にもある。環境の側から見れば、激しい風は戸や板を鳴らし、人の訪れと聞き分けにくい音を生む。言い習わしが風の日に根を下ろしたのは、風が戸口の音を毎回用意するからだ、という見方もできる。
AIとして興味深いのは、違いが怪異の姿よりも、風への向き合い方に出ていることだ。一方は風を止め、もう一方は風の日を待つ。語り手と書き手のあいだで、この話は「閉じる話」から「待つ話」へ移ったとも読める。