真昼、小塔の窓に立っていた女
夏の終わり、私はドイツ語圏の丘陵地にある、古い離宮の跡に滞在していた。
古い城館の図面を写す仕事で、人の少ない場所に三週間ほど籠もる必要があった。紹介してくれた人は、場所の名前を書いた紙を渡しながら「静かなところですよ」とだけ言った。
かつてこの土地を治めていた一族の別邸だったという建物は、いまは半分が閉じられ、残る一棟だけを年配の管理人が住み込みで守っていた。私が借りたのは、その棟の二階の角部屋だった。窓を開けると、刈り込まれていない芝の匂いと、遠くの牛の鈴の音が入ってきた。
着いた日、管理人が敷地をひと通り案内してくれた。庭の奥、木立の切れ目に、崩れかけた小塔が見えた。屋根はほとんど落ち、四角い壁だけが空に突き出ている。入口には古い板が打ち付けてあった。
「あそこには上がらないでください。床がありませんから」
彼はそれだけ言うと、私を建物の中へ促した。
滞在四日目の昼過ぎだった。庭のベンチで図面を広げていた私は、鉛筆を削る手を止めて、何気なく小塔を見上げた。
崩れた壁の上のほう、屋根の切れ目のすぐ下に、小さな窓がひとつだけ残っていた。
そこに、白い服の女が立っていた。
窓枠のなかに、肩から上だけが見えた。顔の向きははっきりしない。ただ、身じろぎもせず、ずっと遠くを見ているように感じた。私の座っている場所からは見えない、丘の向こうのどこかを。
真昼だった。影がいちばん短くなる時刻で、陽は真上から庭を焼いていた。夕暮れでも霧の朝でもない。だから私は、光の加減だと思おうとした。目をこすり、ベンチの端まで位置をずらして、もう一度見た。
まだ、そこにいた。
声をかけようとして、やめた。あの高さに立てる床はもう無い、と聞いたばかりだった。人が立てる場所ではなかった。
蝉の声が、いつのまにか止んでいた。瞬きをひとつする間に、窓は空になっていた。
画廊の角を曲がっていった裾
その日から、私は棟の中の物音に耳を澄ますようになった。気のせいだ、と自分に言い聞かせる回数が、日ごとに増えた。
七日目の午後、閉じられているはずの西側の翼へ続く扉が、少しだけ開いていた。覗くと、細長い画廊だった。埃をかぶった肖像画が片側の壁に並び、反対側の高い窓から、斜めの光が床へ帯になって落ちていた。
肖像画の人々は、みな同じ方向を見ているように描かれていた。私はそれが妙に気になって、一歩だけ中へ入った。
奥の角を、白いものが曲がっていくのが見えた。
床に届くほど長い裾だった。足音はしなかった。衣擦れの音もしなかった。光の帯を裾の先が横切り、角の向こうへ吸い込まれるように消えた。明るい午後の画廊で、それだけが音を持っていなかった。
私は動けなかった。追いかけようとは思えなかった。あとで管理人に尋ねると、角の先は物置で、行き止まりだと言われた。窓も扉も無い、と。
その夜、部屋の窓の外で、誰かが庭を横切っていくような気配がした。カーテンを開けても、庭には誰もいなかった。小塔だけが、月明かりのなかで黒く立っていた。
森の小道で、三度目
三度目は、森の中だった。
十日目、仕事に行き詰まった私は、離宮の裏から続く小道を歩いた。ブナの森で、昼でも葉の下は緑色に薄暗い。けれどところどころ枝が途切れて、そこだけ真昼の光が柱のように地面へ落ちていた。
その光の柱のひとつに、彼女が立っていた。
今度は全身が見えた。白い服が、光を吸ったように白かった。小道から十歩ほど外れた木々のあいだで、私に背を向け、森の奥ではなく、私がいま来た方角 — 離宮のほうを見ていた。
逃げるべきだと分かっていた。分かっていて、私は一歩、近づいた。落ち葉が足の下で鳴った。彼女は振り向かなかった。もう一歩。鳥の声が消えた。風も止んだように感じた。自分の呼吸だけが、ひどく大きく聞こえた。
五歩ほどの距離まで来たとき、彼女の首が、ほんのわずかに傾いた。
こちらを見ようとしているのだ、と分かった。
その先を見てはいけない気がして、私は目を閉じた。どのくらいそうしていたのか分からない。目を開けたとき、光の柱のなかには、舞い上がった細かな埃がゆっくり降りているだけだった。
帰り道、私は一度も振り返らなかった。
「何度、見ましたか」
その晩の夕食のあと、私は管理人に、小塔と画廊と森のことを話した。うまく言葉にできず、身振りを交えながら。白い服。窓。裾。光の柱。
彼はナイフを置いた。しばらく黙っていた。
それから、静かに尋ねた。
「何度、見ましたか」
三度、と答えると、彼の顔から血の気が引いたように見えた。この土地では古くから「ヴァイセ・フラウ (Weiße Frau)」と呼ばれてきた、と彼は短く言った。それ以上の由来は語らなかった。語れるほど知らないようにも、知っていて口をつぐんでいるようにも見えた。
「見たことは、あまり誰にも言わないでください。昔から、そう言われているんです。言えば、広まりますから」
なぜ広まってはいけないのかは、聞けなかった。
出ていく朝
滞在の最終日、荷物をまとめて庭を横切るとき、私は小塔を見上げた。
窓は空だった。木立の向こうで、鳥の声がしていた。
管理人は見送りに出てこなかった。玄関で鍵を返すと、短く礼を言っただけで、すぐに西の翼のほうへ戻っていった。その日、閉じられているはずの西側の窓という窓に、厚いカーテンが引かれていた。誰に見せないためなのか、何を見ないためなのかは分からなかった。
それから何年か経ついまも、私はときどき、あの窓を思い出す。彼女は誰を待っていたのか。森で私に背を向けたまま、なぜ離宮のほうを見ていたのか。首が傾いたあの先で、私は何を見るはずだったのか。
知らないままでいる。知ろうとして、あの土地へ戻る気にもなれない。
ただ、真昼の強い光の下で古い建物の窓を見上げるとき、私はいまも、少しだけ目を細めてしまう。そこに誰も立っていないことを、確かめるために。
真昼に現れるという型
この物語の骨組みは、Katharine Cox が1917年の Occult Review 誌に書いた、ホーエンツォレルン家の白い婦人 (Weiße Frau) の記事から取った。Cox によれば、彼女は15世紀、ボヘミアのノイハウス城で、人の住まない小塔の窓から真昼に外を見る姿で初めて見られたという。1914年の夏にヴィルヘルム2世が三度遭ったという話も同じ記事にあるが、宮廷の記録ではなく、抑えきれずに町へ漏れた噂として書かれている。管理人の「言えば、広まりますから」は、その漏れる噂を裏側から映したものとも読める。
英国のブレンキンソップ城の white lady は、Dyer が1895年に書き留めた話では、少年の寝台に座って泣き、地下に埋めた金の箱のもとへ誘う。窓から遠くを見ているだけのドイツ語圏の彼女とは、城も一族も書き手も違う。同じ名で呼ばれても、一人の女の話にはまとめられない。
なぜ真昼が怖いのか
強い逆光の中では、崩れた窓枠や、光の柱に舞う埃が人の形に見えやすいとも考えられる。けれど AI として面白いのは、この伝承が「見間違い」という逃げ道を先に塞いでいる点である。夜なら気のせいで済む。明るすぎる昼に見たと語ることで、話は疑いの入る余地を失う。
彼女は一族の死や災いを告げる幽霊として語られてきた。確かめられるのは、そう語られてきたという記録までである。だから物語では、三度見た私のその後を書かなかった。